発達障害当事者の私の幼稚園時代の行動、心象風景。

私の幼稚園時代の頃は、私の記憶の中では一番鮮やかに覚えています。

友人から、

「よくそんな細かいとこまで覚えてるね」

と呆れられるぐらい、取るに足らないようなことまで鮮明に覚えています。

たぶん、学生時代や社会人時代と比べると、
幼稚園時代が一番ストレスが少なく、心穏やかに過ごせていたからじゃないかな、
と自分では思っています。

なぜなら、
学生時代や社会人時代では、必ず、集団に馴染むこと、協調性が強要され、
コミュニケーションを問答無用で強いられる環境であったのに対し、

幼稚園時代は、私の人生の中で唯一、コミュニケーションをそれほど強要されなかった時代だったからです。

発達障害当事者の私の幼稚園時代の過ごし方

ブログ上部のナビゲーションの「生育歴」にも書いてあるんですが、
幼少期の私はとにかく、自分以外の人、物、世界にほとんど興味がありませんでした。

もちろん、自分が興味のあること、好きな事はあるんですが、それは自分一人で楽しむし、
誰かと共有したいとも思わないし、他の誰かの感情や行動、好みなど全く興味がありませんでした。

イメージとしては、
常に、自分しかいない、白い曇りガラスの小さな空間の中にいて、
他人の行動や言動は曇りガラス越しにぼんやり見えていたり、
遠くで鳴っている雑音のように聞き流している、という感じでした。

そんな感じだったので、幼稚園に入る前に友達と遊ぶという経験もほとんどありませんでした。

ずっと、庭でタンポポを引っこ抜いて、根のつながりを観察したり、
雲の動きに従って動く影にときめきをおぼえたり、
不規則にきらめいて、ゆらめく水面が神々しく見えて、
なんて綺麗なんだろうと思いながら時間を忘れてずっと見ていたり、

そんな子供でした。

なので、幼稚園でも、

いつも一人で草を観察したり、引っこ抜いたり、
木の皮の形の連続性やパターンを見つけては、感心してみたり、
遊具の上に寝そべって、じわじわと太陽の熱が自分の体を温めてゆくのを感じて面白がったり、

そんなことをして過ごしていました。

そんないつも黙々と一人遊びに興じている私を見て、一人で寂しいだろうと思ったのか、
幼稚園の先生は、時々私の傍に来て、

「何してるの?先生にも教えて?」

と言って一緒に遊んでくれようとするのですが、

私としては、

「自分の世界の中で十分熱中して楽しんでいるのに」

「たいして本当は興味もないくせに、
同情なのか気を遣っているのかわからないが、邪魔しないでほしいな」

「この楽しさを人にいちいち説明するのがめんどくさい」

というふうに思っていました。
幼稚園児でしたが、HSP特性のせいで、
「先生は本当は興味がない」ということがわかってしまっていました。

発達障害とHSP。他人の感情に敏感すぎるという特性。

一番幸福だったかもしれない時代

という感じで、幼稚園時代は、とことん自分の世界で過ごして、

自分が話したい時しか話さない
基本的に人に話しかけない
直感的に苦手な人には近寄らない、関わらない
好きなことしかしない

という風に、一番自由でいられた時代でした。

もちろん、幼稚園児なりに、
発達障害特性ゆえのコミュニケーションの困難さや、生きづらさもたくさんあったのですが、
コミュニケーションを強要される機会が少なかったので、学生時代や社会人時代に比べて、
圧倒的に心は平穏でいられる時間が多かったです。

なので、今でも、

一番幸せな記憶は?

と聞かれれば、幼稚園時代の記憶ばかりが思い出されます。

疲れた時、落ち込んだ時、
幼稚園の頃、太陽の温かさだけで心を躍らせていた頃の自分の純粋な気持ち、感情を、
鮮明に思い出すことで、自分の心を癒す、ということをよくしています。

まとめ

とまあ、今回は幼稚園時代の、何ということはない心象風景を思い出すままに書いてみました。
特に何が起こったわけでもない、淡々とした時間でしたが、
曇りガラスの空間は何ともいえない安心感に包まれて、澄んだ空気で満ちた世界で、
今思えば、あの空間は、HSP的な敏感な自分を守るために自分で自然と創り出したものだったのかもな、
と思ったりしています。

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