発達障害当事者の私が中学生の時に言われた衝撃の一言。

今回は中学生時代の、忘れられない思い出を一つ。

こんなにも、「自分が自覚している自分像」と「周囲が認識している自分像」が違うのか!

という衝撃の出来事だったので、今でも、その当時の微妙な心境、情景は鮮明に覚えています。

いや~ほんとびっくりしたな、あの時は、、、(*_*)

私の「雑談に関する発達障害特性」を簡単に説明

私の発達障害特性は、このブログの上部のグローバルナビゲーションの「私の発達障害特性」や「生育歴」の中で詳細に書いてあるので、

ここでは、雑談をする際に関わってくる特性に絞って簡単に説明しますと、

◆話しかけられても、相手にも相手の話の内容にも、何の感情も湧かないので、返す言葉が思い浮かばない

→「たまたま、その人と気が合わなかった」とかのレベルではなく、障害者雇用で働いて数年後に多少の共感性の発達を感じるまでに出会った人全てに対して、そんな状態でした。

→結果、「へえ、そうなんだ」的な相槌レベルの返ししかできない。
(たぶん低い共感性が原因)

◆大人でも、同級生でも、周囲の人が全員笑うような出来事が起こっても、自分は全く面白いと思えない

→結果、無表情。あるいは、作り笑いを頑張ってみるものの、苦笑いが限界。
(これもたぶん低い共感性が原因)

◆同級生との雑談、遊び、ショッピング、ゲームセンター、アイドルの話、クラスの好きな異性の話、それら全てに全く興味がない、楽しくもなんともない

→マンガ、小説、音楽、絵画、古代遺跡などのジャンルの中でも、さらに特定のものだけに興味を示し、興味の幅はとんでもなく狭かったが、自分なりの楽しみはあった。

といった感じでした。

というか、今もそうなんですが、
以前書いた「大人の発達障害者ですが、会話力が多少発達した気がする。」という記事でも書いたように、現在は多少改善していると思います。

基本的に固定の「仲が良い友達」はいなかった

上記で説明したような状態だったんで、当然、同級生との会話はほとんどままならず、
放課後に必ず一緒に遊ぶような特定の「友人」もいませんでした。

人数合わせなのか、思い付きなのか、理由は未だに謎なんですが、
たまに多人数でのショッピングや遊びに誘われることもありましたが、
「いつも一緒に遊ぶ友達」という固定された関係ではなかったと思います。

たまに、特定の大人しい感じの子やおっとりした子から、


「一緒に帰ろう」
「一緒に遊ぼう」

と積極的に誘われることもありましたが、その場、その場で現れては消えていくような感じでした。

自分でも、


「こんなに何にも興味のないヤツと一緒に遊んでも絶対楽しくないだろ。
人選を間違っているぞ、君は、、、」

「なななんでまた懲りずに誘ってくるのだ。
だから、この前だって私と遊んでも楽しくなかったろう!」

「あの微妙な空気の中、お互いに苦しんだ後にまた無謀にも挑戦してこようとは、、、
勇者か君は!」

と逆に相手を心配したり、困惑したり、変なプレッシャーを感じたりしていました。

上記のように私はとにかく無口だったので、大人しい子からすると、
「この子なら気が合いそう」と思ってくれたのかもしれません。

何にせよ、誘ってもらえるのは、とても嬉しかったです。
でも、結局は相手も私もお互いに楽しめていない感じだったと思います。

嬉しかったからこそ、

「ご期待に沿えず申し訳ない、、、」

という、なんともせつない気持ちに、よく苛まれていました。

事件は放課後の帰り道で起こった!

そんな中、事件は起こりました。

その日も、なぜかはわかりませんが、めずらしく「一緒に帰ろう」と誘ってくれた子がいました。

その子は、大人っぽい雰囲気はありましたが、元気で明るい性格の子で、
誰とでもそつなく仲良くできる、コミュニケーション上手な子でした。

無口で暗い私とは正反対の子です。

その子とは、休み時間にちらっと話したことはあっても、放課後に遊んだことはありませんでした。

私は内心、誘ってもらえて嬉しい気持ちもありましたが、

「どうせまた会話が続かなくて気まずくなるぐらいなら一人で帰ったほうが気が楽だな」

という、ちょっと憂鬱な気持ちもありました。

そして、いざ、帰り道。

相手はコミュニケーション上手ですから、どんどん色々な話をしてくれて、
たぶん、普通の同級生なら絶対笑ってしまうような面白話もたくさんしてくれました。

その子が話してくれた面白話と似たような展開の話で、
クラス全体が笑うという現象によく遭遇していたので、


「普通の子ならたぶんこの話で笑うんだろうな」
「ここで笑うんだろうな」

ということはなんとなくわかっていました。

でも、わかってはいても、「全く面白いという感情が無い状態での作り笑い」というのは、
とてつもなく難しいんですよね。(>_<)


全然意味のわからない念仏を、延々と唱えられている途中でタイミングよく楽しそうな笑い声を挙げろ

と言われたら、


いや無理無理!どこで笑えばいいんだよ。
そもそも何話してるかもわかんないよ!

って感じに普通、なると思うんですよね。

当時、人の話を聞いてる時は、それとほぼ同じように私は感じてました。

共感性が低いので、相手の話に全く興味が持てず、興味が全く持てないと、
話が念仏みたいに聞こえるんですよ。全然内容が入ってこない。

で、当然、私にそんな高等技術はないわけで、

それでも必死に話に集中して、ここは笑い所かな、と思われるタイミングで、
下手な「作り笑い声」を発してみたものの、単なる苦笑いになってしまったり、

必死に言葉を絞り出した結果、


「へえ~」
「え~すごいね」

というなんともシンプル・イズ・ベストな単語しか出てこない、という状況が続き、
私はどんどん焦り、疲労困憊していきました。

すると、さっきまで、にこにこ楽しそうに話していた相手が突然、

「クールぶってんじゃねえよ!!」

と大声で激怒し、走り去っていきました。

私は正に、ポカーン、です。( ゚Д゚)

あまりにも突然のことだったのと、
わけもわからず、突然怒鳴られた、という衝撃で、
数秒間、私はその場に立ちつくしたまま、思考停止していました。

ようやくその衝撃から立ち直り、とりあえず帰ろうと歩き出しながらも、

「なんで急にあの子は怒りだしたんだろう」

「私相槌ぐらいしかしてないから、
気分を害するような言葉言ってないと思うんだけど、、、」

「そもそも、『クールぶる』ってどういう意味だろう、、、」

と疑問符を頭の上にプカプカと浮かせた状態でした。

難事件の解明を果たす

クールなキャラを演じて格好つけてると思われてた!!

で、本当に意味がわからなくて、数日間、考えに考えた末、

どうやら相手は、私が

クールなキャラを装って、格好つけて、わざと素っ気ない返答、楽しくなさそうな返答を返している

と勘違いして、それがものすごく鼻についてイライラし、激怒した、という推測に落ち着きました。
言い換えれば、「スカしてんじゃねえよ」ってとこでしょうか。

そういえば、以前にもそれに似たようなことを、
ちらっとその子から言われたこともあったなとふと思い出し、
その時はよくわからないまま流してましたが、
ああ、あの時も相手はイライラしてたんだな、とその時やっとわかりました。

発達障害者は誤解を受けやすい

いや~ほんとに衝撃でしたね。

私としては、クールキャラを演じる余裕なんか、全然なかったですし、
むしろ、明るく面白い話ができる人がうらやましくてしょうがなかったぐらいだったのに、

相手からすると、それが、

こいつ絶対クールを演じてる!
格好つけてる!
それ絶対わざとだろ!

と迷うことなく断定されてしまうほどに、私の返答は異常に素っ気なかったんでしょうね。

そして、高校、大学、社会人、とその後も何度か、似たような誤解を受けるのでした。(ノД`)
そんな風に感じるのはその子だけじゃなかったってことですね。

後半はもう慣れましたが、中学生当時は、初めての大きな誤解だったので、
今でも忘れられない衝撃的な思い出として心に残っていて、思い出す度に、
ほろ苦いような、せつないような、何と名前をつけたらよいかわからない微妙な感情に浸ってしまいます。
でもなぜか、笑えてもくるし。

そう考えると、なんか悪い思い出なんだか、良い思い出なんだかよくわかんない感じですね。

まとめ

発達障害の方ってけっこう、こういった誤解を受けることって多いみたいですね。
自分では思ってもみなかった誤解を受けるという。

とりあえず、

たとえ相槌でも、楽し気な声の演技はしといた方がいい

かもしれません。そうすれば、少なくとも

「クールぶってんじゃねえよ!!」

と捨て台詞を吐かれることは回避できるんじゃないかな、、、。

ま、それができたら発達障害を自認してないよ、ていうね、せつない結論に至ってしまうわけですけどね。
(´ー`)

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