「親睦を深めないと仕事に支障が出る」は必ずしも真実ではないと思う。

親密にならないと仕事がやりにくいという定型発達的考え方

定型発達の方々は、普通、

職場の同僚とは、ある程度、飲み会や雑談などのコミュニケーションを重ねて、心理的な距離感を縮めることで、安心感や信頼感を感じながらじゃないと仕事がやりにくい

と考える方が多いんじゃないでしょうか。

少なくとも、私が今までに出会ってきた職場の定型発達と思われる方々はそういう考え方でした。

でも私は、そもそも、心理的距離を縮めないと、安心感、信頼感を相手に感じられない、という感覚がなかったんですよね。

私の場合は、HSP特性もあったので、ほんの少し話しただけで、その人の本質的な人柄の詳細なプロファイルデータのようなものが頭の中にダウンロードされる感覚があり、

職場の各同僚に対して、表面上の人柄だけじゃなく、深層の本質的な人柄を感覚的に把握していました。

「他人の感情に敏感」という特性に付随した感覚 「発達障害とHSP。他人の感情に敏感すぎるという特性。」という記事では、私の場合の「HSP的な他...

なので、それぞれの人の本質的な人柄を把握しているのに、さらに言葉を使った複雑なコミュニケーションを重ねて、心理的な距離を縮める作業が必要性があるとは思えなかったんですね。

もちろん、単純に友達になりたい、という感情からコミュニケーションを求めるならわかります。

でも、友達になりたい、というほどでもなく、

ただ仕事をやりやすくするために、同僚として、ある程度仲良くなりたい、

という仕事の潤滑油的に距離感を縮めたい、という感覚がわからなかったんですよね。

私は挨拶ぐらいしかしないような関係の人と、二人きりで、10年間そのままの距離感を維持したまま仕事をしろ、と言われても何も困らないし、苦痛も感じません。断言できます。

でも、定型発達の方は、それがきっと苦痛なんですよね。

どんな性格なのか、
どんなことを考えているのか、

ということがわからないと、相手に信頼感、安心感を持てず、不安の中に居続けるのが苦痛、ということなんじゃないかと思います。

そもそも、会話しない、ということ自体が苦痛なのかもしれないですしね。

私自身は、会話しない、ということに苦痛を感じたことがないので、その気持ちは想像するしかないのですが。

チームを組む仕事は親睦を深める必要がある?

そして、こんなことを言っていると、

チームで動く仕事では、親睦を深めないと仕事に支障がある!

って言う人もいますが、本当にそうでしょうか?

前述したような、安心感を得たい、という精神安定が一番の目的ではないでしょうか?

というのも、私は、国家資格をとって、チームで動く典型の職種に就いていたことがあるからです。

そこでも、かなり同僚同士の親睦を深めることを重視していたんですが、私は親睦を深めないと仕事に支障がある、と感じたことはありませんでした。

むしろ、挨拶程度しかしない関係でも、きちんと、相手の価値観を尊重し敬意を持って接していれば問題ない、と感じていました。

それに、そこまで親睦に重きを置いて、飲み会やスポーツ会を頻繁に行って、休憩の時間も友達のように雑談をする雰囲気だったその職場でも、

私以外の人をいじめている人もいましたし、不仲なことが公然としている人達もいたので、こちらが気を遣わなくてはならない場面もありました。

なので、

こんなに親睦深めたって、仕事に支障が出るぐらい仲が悪い人達もいるんだから、心理的距離が近い、遠いが仕事の円滑さに必須の条件なわけではないんじゃないか。

相手の価値観を尊重できるかできないか、相手への気遣いができるかどうか、の方が大事で、それさえできれば、仕事に支障はないんじゃないか。

と私は感じていました。

そして、別に、相手と親密な関係じゃなくても、挨拶しかしない関係でも、相手の価値観を尊重したり、相手への気遣いをすることは可能だと私は思っていましたし、私自身はそうするように心がけていました。

親睦を深めたがる人に限って嫌いな態度を表に出す?

それに、親睦を深めないと仕事に支障が出る、と言う人に限って、ちょっと相手から配慮の足りない言い方をされたり、気遣いの足りない行動をされたりすると、すぐに、嫌いだ、という態度を相手や周囲にもわかるように表に出すし、すぐ「いじめ」という行動に出る人が多い傾向にある、と私は感じていました。

私は、そういう人を見ると、

人間なんだから、価値観が合わないこともあるし、誤解や行き違いもあるだろうし。

つい、配慮や気遣いの足りない言動をしてしまうこともあるだろうし。

自分だって、無自覚に他の誰かにそういうことをしていることだってあるだろうし。

誰も嫌われようと思って言ったり行動したりするわけじゃないんだから、配慮や気遣いの足りない言葉や行動があっても、「お互いさま」と思ってスルーしたらいいのに。

例え、それで相手を嫌いになったとしても、何も、相手にわかるぐらい態度に出したり、他の同僚に相手の悪口を言ったり、相手をいじめたりすることまでしなくてもいいのに。

と思っていました。

私も、この人苦手だな、と思ったり、ちょっと今の言い方感じ悪いな、とか感じることがあっても、それを相手にわかるぐらい意識的に、あからさまに態度に出したり、相手の悪口を同僚に言ったり、いじめたりしようと思ったことはありませんし、したこともありません。

なので、相手を嫌いになると、すぐにそれを態度や言葉で表に出してしまう人が信じられませんでした。

そういう人は、上から目線な言い方になってしまいますが、

親睦を深めて、相手に好感を持てるようになってからじゃないと、相手の価値観を尊重したり、気遣うことができない人なのかな?

自分も相手と同じように他の誰かに配慮や気遣いのない言動をしてしまっているかもしれない、という客観視ができない人なのかな?

例え嫌いな人でも、仕事上では、それを表に出さない、という自制心が働かない、自分の感情をコントロールできない人なのかな?

と思ったりしていました。

まあ、そんなことを思っていても、その職場でも私は発達障害特性を発揮していたのか、いつのまにか、一人の先輩に嫌われ、周囲も心配してくれるぐらいあからさまにいじめられ、うつ状態になって辞職したんですけどね。

でも、他の同僚や先輩にはけっこう気に入られていて、かばってくれたり、気遣いの言葉を頻繁にかけてもらったり、遊びに誘ってもらったりしていました。

なので、私が心がけていた、相手の価値観を尊重し気遣いをする、ということが全くできていなかったとか、効果を発揮していなかったというわけではなかったと私は思っています。

「親睦を深めないと仕事に支障が出る」は単なる多数派の意見?

というわけで、

親睦を深めないと仕事に支障が出る、

というのは、

親睦を深めないと安心できない

相手に好感を持てるようになってからじゃないと、相手の価値観を尊重したり気遣ったりできない

自分の好き嫌いの感情を表に出さないように、感情のコントロールをすることが難しい

という特性を持った人の特有の感じ方なんじゃないかな、と私は思う、というお話でした。

そして、社会では、そういう特性を持った人が多数派なので、その考え方が広く社会に「正しい」と認識されているのかな、と。

まとめ

書いていたら、けっこう定型発達の方への辛辣な批判みたいになってしまいました。

偉そうな言い方になってしまってすみません。

私自身、別にできた人間ではないし、人を批判できるほど良心的で清廉性のある人間でもありません。

なので、今、ちょっと反省しています。

反省して、記事を書き直そうかと思いましたが、例え自分を棚に上げた愚かな批判であっても、これが私の本音だし、汚くて愚かな部分も隠さず出した方がいいんじゃないかと思い、そのままにしました。

言い訳みたいになってしまいますが、「親睦を深めないと仕事に支障が出る」という考え方が定型発達の方の特有の考え方だと限定するような書き方をしてしまいましたが、

あくまでも、私が出会ってきた定型発達の方にそういう方が多かった、というだけで、定型発達の方の全てがそういう考え方や特性を持っている、と思っているわけではありません。

というか、むしろ、定型発達、というより、体育会系の方の特性なのかも、と思えてもきました。

うーん、とくにかく、私は、親睦を深めることを強制されるのが嫌いだっていう話なのかもしれません。

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