「こだわり」のコントロール方法。単純だけどわりと実践でうまくいった方法。

発達障害、アスペルガーの皆さんは、発達障害特性である「こだわり」を一体どうやって、コントロールされているのでしょうか。

正直、私は「こだわり」をうまくコントロールできているとは到底言い難いんですが、

それでも、今回、会社という現場の中で、負け試合を繰り返し、周囲を観察するうちに、コレ、いけるかも、と思った方法を書いてみたいと思います。

「え、何か素敵に画期的な方法が!?」と胸をときめかせた方、ごめんなさい。

今回私が、いけるかもと思った方法は、「なんだそれ、たったそれだけ?」と思われてしまうような、すごく単純で、スマートさの欠片もない、地味~な方法です。

でも、単純だからこそ、私のような特に頭の良くない人間にも実行できたし、わりと色々な場面に応用できると思うんですよね。すぐに試せるし。

私の発達障害特性「こだわり」の主成分

私の「こだわり」の主成分はたいてい以下のようなものでできています。
100%天然成分です。

・どんなに些細なことに対しても、気づいたら、完璧、完全を追求しようしている

という、別名「武士道精神モード」とも言われている(本当は私しか言ってない)、
「こだわり」の一種が一番強く表に出ます。

「武士道精神モード」についてはこちらの記事をどうぞ
発達障害だからといって単純作業が得意とは限らない。

なので、その結果、

・他人の意見が受け入れられない
・他人の間違いを指摘したくなる

という症状が現れます。

「え、コレって単なる性格の問題じゃ、、、」

って思った方、たぶんそれもあるのかもしれません。
でも、それだけじゃないのも確かです。

なぜなら、

・なぜそこまで完璧を追求したいのか自分でもわからない、
・自分ではもうやめたいと強く思っても抑えられない、強迫的な衝動

という側面があるからです。
まさに、自分では制御不能、といった感じです。

心では、

もうやめろ!

と思っていても、脳みそが勝手に完璧を追求したがる感じです。

脳に、「100%を達成したら心が休まる」というプログラムが組み込まれていて、
70%や80%で作業を中止したり、見て見ぬフリをしようとすると、頭の中でエラー音が鳴り続け、

「100%を達成してください」
「100%を達成してください」

と警告文章が表示されているような感じです。(実際にそうなのではなく、あくまでもイメージです)
なので、完璧にできない状況だと、ものすごく焦燥感にかられます。

そんな中で、

・作業を70%の完成度で終了させる

というのは、ものすごくストレスですし、実行するのはとても難しいのです。

「他人の意見が受け入れられない」時の私の脳内

なぜ、「完璧を追求してしまう」というこだわりが、
「他人の意見を受け入れられない」という症状につながるのか、

一見、あまりつながりがないように感じますよね。
なので、上記の2つがどのようにつながっていくのか、説明していきたいと思います。

自分の中で「未検証な意見」を受け入れることに、強い不安・焦燥を感じる

例えば、同僚が自分と違う意見を私に提案してきたとします。

その時、私の脳内には、「私の意見」という、
既に自分によって一応、一通り吟味し、自分の持てる知識の範囲内での検証が完了している、
「検証済みの意見」というのが存在しています。

もちろん、自分の知識の範囲内なので、完全に完璧とは言えないですが、
一応検証済みなので、「できる限り欠点の少ない意見」だと自分では思っています。

ですが、同僚の意見は、その時初めて聞いたわけです。

なので、欠点があるとか以前の問題で、
その同僚の意見は自分の中ではまだ「未検証」なわけです。

「未検証」な状態では、「完璧に近い、欠点が少ない」という判断もできず、
その状態の意見を受け入れることは、

「完璧を追求したい」というこだわりを持つ発達障害者にとっては、
「完璧じゃない状態」、「はっきりしない曖昧な状態」を受け入れることに等しく、

とてもストレスを感じる行為ですし、
ものすごい焦燥感、不安感にかられます。

なので、

同僚の意見をとりあえず素直に受け入れて、
そこから互いの妥協点を探っていく

という作業をする前に、

とにかく検証をせねば!

という思いにかられ、相手の意見の欠点、矛盾、不安点などを洗い出す作業に入ってしまうのです。

そして、それを自分の頭の中だけで処理しておけばいいものを、
「曖昧にしておく」ということも苦手だし、

欠けている部分を埋めたい、
完成させたい、

という、パズルの完成間近の人の心境のような、焦燥感、強迫感にかられて、
はっきりと相手に指摘してしまいます。

これでは、相手に嫌な思いをさせてしまいますよね。
相手だって、自分の中で自分の意見を検証してから提案しているわけですから。

それは、私も十分わかっていますし、
自分の検証だけが信頼できるというわけではない、ということもちゃんとわかっています。

でも、どうしても、自分で一旦「検証」してからでないと不安にかられるし、
「検証」を始めてしまうと指摘せずにはいられない、という状態になってしまいます。

自分で、ダメだとわかっていても、もうこんなことしたくないと思っていても、
どうしても止められないんですね。

自分の意見の優位性を示したいのではなく、パズルのピースをはめたい感覚

ただ、その際には、決して、

相手の意見の荒を探してやろう
自分の意見の優位性を認めさせよう
相手を言い負かしてやろう

などという気持ちは一切ない、

ということを定型発達の方々には理解していただけたらありがたいなと思います。

ただただ、純粋に、パズルをしている時のように、

欠けている部分を埋めて、早く完成させたい

という思いだけで発言しています。

ただ、そうはいっても、言われた方にしたら、
理解したところで、嫌な気持ちになることに変わりはないですよね。

根本的解決にはならない。
ましてや、カミングアウトしていない状況の発達障害者の方なら、

・性格の悪い人
・偉そうな人
・自信過剰な人
・嫌味な人

という性格の問題として受け取られ、同僚から嫌われ、
職場にいずらくなってしまうかもしれません。

言いたいことをずっと我慢してると、やっぱり辛い

なので、私は今まで、

どうしたら、この「相手の意見をすぐに受け入れられない」という症状を抑えられるのか
なんとか抑えようと努力してきました。

発達障害と診断される遥か前の子供時代からすでに、
自分が周囲と比較して、「人の意見を受け入れる」ということが異常にできていない、
という自覚がありましたし、それが原因のトラブルも何度もありました。

なので、子供時代からずっと、これは自分の悪い所だ、と思い、
コミュニケーション関連の本を読んだりして、必死に直そうと努力してきました。

その結果、、、、

直ったかと言われれば、
自信を持って、

直ってない!

と言えます。ドヤ顔で胸張って言えちゃいます。

で、こりゃダメだ、と思ったわけです。

もう小学校中学年ぐらいには、
発達障害ゆえとは知らないまでも、
自分の問題点はトラブルを通して色々と自覚していたので、

小学校中学年から努力してきたとすると、現在まで20年以上努力してきたことになります。

それでも直らないんだから、
この先多少の改善はしたとしても、大きな改善は望めないだろうなと。

他人の意見を受け入れられない、という点を直すことは諦めました。

なので、極力、自分の意見は言わないように、反対意見は言わないように、
気をつけていました。

え、自分の意見て言っていいの?え、前からそうだっけ?

でもそうすると、言いたいことがあるのに、ずっと我慢していることになるので、
けっこうストレスになるんですよね。
どれが問題発言になるかわからないので、全ての発言をしないようにしてたので。

で、発達障害の診断を受けて、支援員の方に仕事の相談をするようになって、
こう言われました。

もっと、自分の意見も言っていいと思いますよ

と。

相手を一方的に否定せずに、うまく自分の意見も伝える方法を

一緒に学んでいきましょう、というようなことを言われました。

長年、自分は意見を言っちゃいけない人間だと思ってたので、
あ、そうか、自分の意見って言っていいんだっけ、、、?
と、ハッと目覚めたような瞬間でした。

それからは、職場の方や支援員の方など、
周囲の人がどんな風に自分の意見を言っているのかを観察しまくりでした。

たぶん無意識に、じろじろとしつこい視線を周囲に送っていたので、
軽く変質者だったかもしれません。

みんな意外と言いたい事を言っている

自分の意見、反対意見を波風立てずに伝える、簡単な方法

で、ある日気づきました。

なんか、みんな、自分の意見けっこう言ってるな

ってことに。
でも、じゃあなんでそれで角が立たないんだろうと、思いました。

で、
職場で一番人当たりが良くて、
色々なタイプの人と自然に仲良くなれるような、
コミュニケーションの神様みたいな人がいたんですが、

その人をさらに観察してみて、

なんか、、、自分の意見を言う前にいつも沈黙があるな、、、

ってことに気づきました。
どういうことかというと、

相手が提案してきた意見に対して、反対の意見を言う時は、必ず、

「そうだね」「たしかに」などと肯定の言葉をつぶやきつつ、しばらく沈黙する

というパターンを発見しました。
そして、その後、「でもね、、、」とか「こういうのはどうかな、、、」
と反対意見を言うわけですね。

受け入れるのが無理なら、「受け入れている感」を醸し出してみる

でも、これって、いわゆる心理学的手法かなんかの、

相手を説得する時は、一旦相手の意見を肯定する言葉をかけてから、
自分の反対意見を言うと、相手も聞き入れてくれやすい

というヤツで、別に目新しくもなんともない、と思われる方もいるかもしれません。

ただ、私は、その手法は知っていたんですが、
それは、

「相手の意見に対して肯定の言葉をかける、ということは、

一旦相手の意見を受け入れなきゃいけないんだ」

と理解していたんです。

でも、その時気づいたのは、

別に受け入れてなくてもいいんじゃないかな、ということです。

すぐに受け入れるのが難しくて無理なら、形だけでも、

相手に肯定の言葉をかけて、数秒間沈黙してから自分の意見を言う

というように、パターン化して実行してしまえば、
相手には、

「自分の意見を一旦は受け入れてくれたんだな」
「ちゃんと一度考えてくれたんだな」

と印象付けすることができるんじゃないかなと思ったわけです。

肯定の言葉+沈黙。沈黙を忘れちゃいけません。

そして、ここで、一番重要だと思うのは、

肯定の言葉よりも、沈黙する時間が何よりも大事ということです。

もちろん肯定の言葉も必須ですが、それだけだと、
相手の意見を聞いて、

「そうだよね、でも私はこうだと思うの!」

と、すぐに自分の意見を言うことになってしまいますよね。
これでは、いくら肯定の言葉をかけても、
相手は自分の意見が一旦受け入れられたとは感じられないと思うのです。

なので、肯定の言葉をかけて、しばらく考えているような沈黙の時間をとってから
自分の意見を言う、というこの、

相手の意見を聞いてから、自分の意見を発言するまでの沈黙の時間

が、地味にすごく重要で必要不可欠かなと思います。

「そうだよね、、、」
「、、、、、、、、、、、、」←ココが数秒間の沈黙
「でも私はね、、、、」

という感じです。

これ、簡単そうに見えて、けっこう難しいです。
自分が相手と違う意見を持っている時は無意識に早く相手に言いたくなるので、
この数秒間待つ、というのが地味に難しい。
肯定の言葉は意外と簡単に言うことができるんですが。

なんかちょっとだけ、「こだわり」がコントロールできるようになった気がする

それでも、今までのように、
ただただ、自分の意見を押し殺して、
相手の意見を無理に全て受け入れようと努力するよりはずっと簡単に実行できます。

少なくとも私はそうでした。
何も考えずに、ただ、

「そうだね」と言ってから5~10秒待つ→自分の意見を言う

というのを機械的に実行するだけ、という風に考えると、気持ちも楽になりました。
実際、そう実行するようになってから、

自分の意見を言った後に、なぜか緊張が走る、、、静まり返る、、、

という、なんかやらかした感が漂うことが少なくなったような気がしています。

こんなこともう知ってるよ!
自然にみんなやってるよ!

と思う方もいらっしゃるかもしれませんね。
なんか思い起こせば、定型発達の人たちはそんな感じだったかも、
と今ならわかります。

でも、長年そこに気づけなかった私にとっては、
驚きの発見だったので、ついつい長々と書いてみました。

発達障害の人が働くためのQ&A

関連記事

【発達障害】アイドルに興味がなくて会話についていけなかった話。

発達障害当事者の私が中学生の時に言われた衝撃の一言。

発達障害者は知らずに常識の壁を越え、地雷だらけの大地へ着地する。

発達障害当事者の私の幼稚園時代の行動、心象風景。

発達障害の私がバイトで常識の壁を華麗に飛び越えてしまった話。

発達障害幼稚園児時代。色の認識分別が細かすぎる。