大人の発達障害者ですが、会話力(雑談力)が多少発達した気がする。

最近、うぬぼれかもしれませんが、

やだ私、、、なんかちょっと、、、会話力、発達してる?Σ(゚Д゚)

って感じることが多くなりました。

あくまでも、自分の昔と比べたらであって、
一般の定型発達者(健常者)の会話力と比べたら、
普通に小学生低学年レベルなんですが、

それでも自分史上では、確実にマシになってると思います。

以前は、定型発達者(健常者)で言えば、
やけに大人びた口調の幼稚園児レベルの会話力でしたから、
30代にしてやっと、小学校に入学できるレベルに到達できたわけですね。

コミュニケーション能力、具体的に言えば会話力(雑談力)が自分なりに発達したと感じるようになったのは、
障害者枠で働き始めて数年経った最近の話です。

それ以前は、本当に上記の「やけに大人びた口調の幼稚園児レベルの会話力」という表現は、
大げさでも謙遜でもなく、事実でした。

こういうことを言うと、

「いやいや、そうは言っても文章は普通に大人レベルで書けてるじゃん。
それで会話力が小学生レベルなわけないでしょ」

と全然信じてくれない人がいたりするんですが、
そういう人は、
「会話」というものを無意識にできてしまう定型発達者だからであって、
「会話」というものが何でできているかを考えたこともない、考える必要もなかった人なんだなと思います。

説明しますと、

私を含めた、知的障害を伴わない発達障害者(アスペルガー、高機能自閉症、広汎性発達障害など)は、
自分の考えていることを一方的に話すこと、書くことには特に不自由しない人が多いです。

でも、自分が一方的に話すだけで、それを受けて相手がこちらに話しかけてくれた内容に対して、
無反応、あるいは、「はい」、「いいえ」ぐらいしか言えないようでは、「会話」は成立しないですよね?

定型発達者は、

「自分の考えていることを話せる、書ける」=「会話もできる」

と考えがちですが、それは誤りです。

「会話」とは、「キャッチボール」と表現されることが多いように、
自分が相手にボールを投げる、
相手がボールを投げ返す
自分が投げる、
相手が投げ返す、、、、

という繰り返しを維持することによって成立します。

自分の手持ちのボールばかりを相手に投げつけるだけ、
相手から投げ返してきたボールは全部無視で床に転がるばかり、、、、

なんてことでは会話が成立しているとは言えないんです。

その状態を、
発達障害者(アスペルガー、高機能自閉症、広汎性発達障害など)の、
一方的に話すことはできるけど、相手の返答に対して、興味が持てない、何と言っていいかわからない、
その結果、会話が続かない、
という現象に置き換えて想像してもらえると、わかりやすいかなと思います。

で、そんな私が、
会話力がどんなふうに、多少なりとも発達したかというと、

まず、「朝の挨拶を兼ねた短い雑談」ができるようになりました。

たとえば、
出勤時の「おはようございます」の後、
隣の席の同僚に、

「今日、寒いですね。明日大雪になるみたいですよ」「今日風強いですね、午後から雨降るみたいですよ」

などの典型的な朝の一言がかけられるようになりました。

もちろん、常に言えるわけではないですし、苦痛を伴わないわけでもないです。
短い雑談の中でも何回も、自分の中に蓄積された「朝の短い雑談」のデータベースから、最適と思われるパターンを検索し抽出する、ということを繰り返すので、一言、二言話しただけなのに、ぐったりとしてしまいます。

そもそも、この「朝の挨拶を兼ねた短い雑談」について、
私は今まで、

「何でみんな、そんなに毎日の天気に詳しいんだろう」
「よっぽど天気に興味があるから、毎朝天気情報を仕入れて教えてくれるのかな」

などと思っていました。

発達障害者(アスペルガー、高機能自閉症、広汎性発達障害など)には、
興味の幅がせまく、自分が好きなこと、興味を持っていること以外の情報は、
その情報に触れる機会があっても、それを認知できずスルー
してしまうという特性があります。

そのため、発達障害者(アスペルガー、高機能自閉症、広汎性発達障害など)は、
天気情報をあまり気にすることなく、
夏場に、午後から30度になると予報されている日なのに、長袖で来てみたり、
午後から大雨の予報が出ていても傘を持ってこなかったりします。

「天気」というものに興味が持てないので、天気予報を見るということが頭にないのです。

ニュースを見ていて、天気予報が始まっても、その場にいる定型発達者は、
「へ~明日雨なんだ」などと、自然に天気情報を認知しますが、
私のような発達障害者は、天気予報が始まると同時に、無意識のうちにその情報をシャットアウトしてしまいます。
情報を取り入れる穴が自動で塞がれてしまうような感覚です。
「興味ないから、この情報は聞かないでおこう」
という意識さえもないです。

また、今までは、

「今日風強いね」

と言われても

「そうですね」
としか言えませんでした。

なぜなら、
「今日風強いですね」という一言から、単に「風が強い」という情報を報告してくれている、としか読み取れないので、
「そうですね」としか言えないのです。

でも定型発達者は、「今日風強いですね」の一言から、
この人は、天気の話を入口にして、朝のちょっとした短いコミュニケーションを自分ととろうとしてるんだなと、
察することができます。

なので、「今日風強いですね」に対して、

「そうですよね~もう前に進むのも大変なぐらいでしたよね!」

などと言い、
相手も

「そうそう!髪の毛もってかれるかと思ったよ~アハハ」

などと、「風が強い」という情報に対して、自分がその時どんな感情を抱いたかを添えて返すことで、
話を広げていくことができるのです。
定型発達者は、これをあくまでも自然に無意識にできるのです。
たぶん、自分のその時その時の感情を相手に伝えることで相手と共感しあいたい、
という欲求
が、生まれつき備わっているからだと思います。

発達障害者(アスペルガー、高機能自閉症、広汎性発達障害)は、その、

「相手と共感し合いたい」

という欲求が著しく低いので、朝の雑談だけでなく様々なコミュニケーションが不得意になるわけです。

じゃ、どうやって私は朝の短い雑談ができるようになったのか、なんですが、

それは、単に、「朝の短い雑談」の会話パターンのデータが自分の頭の中に溜まってきて、
データベース化が完了したから

だと思います。

要するに、「他人と共感し合いたい」という欲求が特別高まったわけではなく、
データベースができたので、そこから検索して抽出して、それを継ぎはぎして、
なんとか会話を生成できるようになった

ということだと思います。
それでも自分にとっては、大きな進歩だなと感じています。

今までは、
就職しても数か月しかもたず、朝の雑談のパターンを蓄積するどころではなかったので、
障害者雇用で数年、同じ場所で働くことができるようになったからこそ、
パターンを蓄積することができたんだなと思います。

そう考えると、
やっぱり、無理して定型発達者として働くよりも、
障害者雇用で働いたほうが、仕事内容以外のところで余裕ができるので、
その分、意外なところで成長できたりするのかな、なんて思います。

アスペルガー症候群・高機能自閉症の人のハローワーク

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