大人の発達障害者である私が大人向け小説より児童文学が好きな理由。

人間の醜さ、不条理な展開は現実に溢れてる。

私は、大人向けの小説よりも、小学生ぐらいを対象とするような児童文学の方が好きな変人です。

なんでかというと、大人向けの小説で表現される、人間の醜い一面、ドロドロした人間関係、残酷で不条理な現実、みたいなものにうんざりしてしまうからです。

そんなめんどくさくて、汚い現実、人間の醜さ、愚かさなんて、わざわざ本で読まなくても、自分の周囲の現実にいくらでも転がってるわって思ってしまうんですよね。(自分自身の醜さも含め。)

児童文学には、愛情に溢れた眼差しを感じる

もちろん、大人向けの小説でも、純粋でさわやかな小説があるのも知っています。

でも、そこに流れる純粋さ、温かさ、さわやかさ、はどう頑張っても児童文学には叶わないと思ってしまいます。

その違いはたぶん、文章から滲み出る、

子供たちに、世界の美しさ、希望を感じて欲しい、

愛情を感じて、愛情を返し、幸福であってほしい、

いつもワクワクして目を輝かせていてほしい

という、子供へ向けた溢れんばかりの愛情に満ちた眼差しを感じられるかどうか、だと自分では思っています。

もちろん、児童文学の著者だって、現実の世界は残酷で不条理なことに溢れているし、人間の心理だって綺麗な面だけでは構成されていない、ということはわかっていると思います。

でも、だからこそ、これからその現実を生きていく子供たちには、その胸に希望と愛の灯りを灯し続けていってほしい、きっとその灯りが人生で通る暗い道を照らしてくれる、という想いで、大人が子供に向けて一生懸命考えて物語を贈っているんじゃないかな、と思うのです。

そういう、著者の溢れんばかりの愛情と温かい眼差しを、児童文学の文章からは感じられる気がするんですよね。

まあ、そんな風に思っていない児童文学の著者もいるかもしれませんが、少なくとも私はそう感じる児童文学にしか出会ったことがありません。

子供向けの絵本も好き

同じ理由で、子供向けの絵本も好きです。

子供が理解できる単純な言葉、物語だからこそ、余計なものは全て削りとられて、純粋で大切でキラキラしたものしかそこにない、という感じがするからです。

「はらぺこあおむし」、「さかな1ぴき なまのまま」、「百万回生きたねこ」とか他にも色々、絵本には癒されてきました。

「星の王子さま」は児童文学なのかわかりませんが、不思議な愛情に満ちていて大好きな作品です。

まとめ

改めて考えてみると、私にはHSP特性があるから、児童文学を好むのかもしれません。

HSP特性があると、残酷な展開や人の醜い一面、悲しみ、といったネガティブな感情を伴う物語を読むと、自分が今体験したかのように深く影響され、疲労してしまいます。

それを避けるために、そういう表現が全くない子供向けの児童文学が好きなのかもしれません。

映画でも小説でも、残酷だったり悲しみの深い物語は、それを見たり読んだりした後は、寝込んでしまい、数日間引きずることもあるからです。

でも、そんなにも、純粋で穢れのない物語が好きだといっても、私自身は、純粋なわけでもなく、穢れないわけでも全くないんですけどね。

自分にないものだからこそ、求めてしまうのかもしれません。

星の王子さま (新潮文庫)

 

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