発達障害当時者の私が学生時代に言って欲しかった言葉

定型発達として働いていた時代もかなり辛かったですが、
じゃ、学生時代は一般就労時代よりもましだったかといえば、
私は全くそうではなかったです。

どちらも同じくらい辛かったです。
学生時代は小学生から大学生までありますから、
今思えば、よく不登校にならずにきたなと思います。
逆に、不登校にならなかったからこそ、学校とういう場にとらわれ、
長期に渡って苦しむことになったとも言えますが。

学生時代の私

特に、小学生から高校生までの期間は最悪でした。

あのクラスという名の小さな社会の中で、
みんなとそれなりに仲良く、浮いてはいけない、
はずれてはいけない、こうあるべき、
という暗黙の同調圧力がずっしりと立ち込めた息苦しい空間で
コミュニケーションを常に強制され続ける、狭くて小さな世界。

発達障害者、アスペルガーにとっては拷問ともいえる状況の中、
ただただ、精神が削り取られ、
ただただ、現状に耐えることだけに全てのエネルギーを使い果たし、

毎日、学校から帰ってきても、
自分の好きなこと、興味のあること、
について考えたり、楽しんだり、行動したりするような
精神的余力は残っておらず、
ただその日の疲労と苦痛に苛まれた頭と体を力なくベッドに沈めるだけ。

体は生きていても、心は死んでいる。
そんな、苦痛しかない日々が、当時は永遠に続くように感じていました。
ここから逃げ出す方法なんてない、そう思い込んでいました。

周囲のクラスメートたちはみんな、
休み時間や放課後に、雑談をしたり遊んだりする友達がいて、
授業でグループを作る際には、当然のようにそれぞれのグループにおさまっている。

でも、私は、高校生になっても、「友達」という概念がまだ理解できていませんでした。
なぜ、みんなそんなに、会話したがるのか、一緒にいたがるのか、
一緒にどこかへ行きたがるのか、全然わかりませんでした。

授業でグループを作る時に、どこにも入れないのは困るから、
友達とは、そんな時にグループにおさまるために必要なもので、
そのためには、普段から多少会話して、
グループに入れてもらえるようにしておかなければならない、そんな風に考えていました。

会話といっても、グループで話しているところの端の方にさりげなく立って、
さりげなく、会話に相槌をうって、会話に参加しているようなフリをするのが精いっぱいでした。

会話なんて全然できなかったですし、
そもそも、クラスメートの話す内容に、全く興味が持てませんでした。
アイドルの話、バラエティ番組の話、昨日あったできごと、
そんな話を一生懸命聞いていても、何も感じないんです。
楽しそうとか、もっと知りたいとか、全く感じない。
ほんとに、「無」という感じ。

そして、自分のことを相手にわかってもらいたい、
自分の昨日の出来事を聞いてほしい、
なんて欲求もないので、自分から話すこともない。

だから、相槌以外の反応ができなくて、会話に全く参加できませんでした。

どこのクラスにもたいてい、優しいグループはいて、
たぶん、誰だこいつ、って感じで全然そのグループには馴染めてなかったと思うんですが、
それでも、優しい人達だと、端っこにいるぐらいなら、なんとなく受け入れてくれるんですよね。

そんな風にして、なんとか誤魔化し誤魔化し、やっていました。

そんな日々の中で、薄々気づいていました。

自分は、みんなと何かが決定的に違う、
何かが絶望的に欠けている、と。

友達を作れないことは悪いこと?

友達を作れない、

ということは、ものすごい劣等感でした。

学校では、

みんなと仲良く、
明るく、元気に、
仲の良い友達がいて、
クラスメートとも、程よく心を通わせて楽しく過ごす、

それが理想で、その状態を目指すべき、

という考え方が、いつのまにか自分の中に染みついていて、
それが異常にできない自分は、ものすごく、
人間として、だめなんだ、周囲より劣っているんだと思っていました。

そして、
会話ができない、友達が作れないという、
自分の能力的欠陥を感じることも、とても辛かったですが、
それ以上に、

そんな自分はダメな人間なんだ、欠陥品なんだ

という考え方そのものが、一番自分を追いつめて苦しめていた気がします。

だから、もし今の自分が、そんな学生時代の自分に声をかけることができるなら、

友達なんてつくらなくていい
友達がいなくても、お前の価値は変わらない
友達なんて、いてもいなくても人はみんな孤独だ

友達なんて、生涯のうちにたった一人でも十分、
今できない、いないってことは、そのたった一人にまだ出会う時がきていないだけ、
なんなら生涯で一人もいなくても、なんの問題もない
無理してつくるな
本当に必要な時には自然と出会える

と言ってあげたいなと思います。

友達は素晴らしい、という考え方が発達障害者を追いつめる

なんとなく、ドラマや小説の中で語られる話や、社会で正しいとされている考え方の中に、

友達は一生の宝
いざという時に頼れる仲間がいることは素晴らしい
友達が一人もいない人生なんて孤独でものすごく辛い

というものがあると思います。
学生時代は、そんな考え方を盲目的に信じ込んでいました。
だから、友達が作れないことは悪いことで、
このまま大人になっても友達がいなかったら、ものすごく孤独で辛い人生を送るんだ、
とよく絶望的な気持ちになっていました。

でもそれなりに歳を重ねた今、

それって単なる多数派の意見じゃないかな

と思うんですよね。

30年以上生きていますが、
私には、未だに、世間一般でいうところの「友達」という在り方の人はいない気がします。
一か月に数回、会って、ご飯たべたり、カラオケしたり、どこかへ一緒に出掛けたりする、
そんな関係が一般的な「友達」の在り方だとすると、私にはそんな人いない。

それでも、そんな「友達」がいないことで、
ものすごく辛いとか、孤独で絶望的だとかは、
全然感じていないです。

もちろん、人間なので、寂しさとか孤独を感じることもありますが、
たまに感じるぐらい、誰でもあることだと思いますし、
それ自体がそこまで辛いとも思わないです。

もともと、好きなことに熱中する時間が好きだったし、
一人で過ごすことがそんなに苦ではないタイプだったせいかもしれません。

なので、

友達がいないと人生がものすごく辛い
孤独は人生を絶望的にする

なんていうのは、
多数派である定型発達の方の考え方で、
発達障害者には必ずしも当てはまらない気がします。

孤独に生きるということ、一人であるとういことを、
世間が言うほど、そこまで恐れなくていいんじゃないかなと。

自分なりの友達基準作っちゃえばみんな友達

ただ、こんな私でも、30年以上生きていると、
世間一般でいうところの「友達」という在り方とは違うかもしれないけど、
頻繁に会わなくても、どこにも遊びにいかなくても、
なんとなく、どうしてるかな、何も辛いことがないといいなとふとした時に思い、
年に数回、人によっては数年に一回ぐらいのとても少ない頻度で、
近況を聞き合う、もしくは手紙でしかやり取りしない、という関係の人は数人います。

たぶん、世間一般の人からしたら、
それって、友達未満の、ただの知人レベルじゃん
って思うんだと思うんですが、

そんな一見あっさりした関係でも、
私自身がけっこう満足してるんですよね。

たいして会ってもいないのに、
電話の声だけで、たいして話が盛り上がるわけでなくても、
その時かけてくれた言葉で、ちょっとだけ笑い合えたことで、
相手からの信頼を感じとることができるし、私からの信頼、気遣いの思いも伝えることが
できていると、なんとなく思っています。

世間一般で言う「友達」はいないけど、
上記のような自分なりに満足、十分と思える関係を築けたら、
その関係は、自分基準での「友達」だと思うことにしています。

それに、「一緒にいて楽しい」ことだけが「友達」の条件なのは、学生時代までじゃないかなと私は思います。

大人になると、そんなことよりも、
真摯で的確なアドバイスをくれる、自分とは違う物事の見方を教えてくれる、
そんなことが私にとってはすごく大事に思えます。

まとめ

ということで、今、学生だったり、社会人でもいいですが、人と親しい関係が築けずに、
自分を責めている人がいたら、全然そんなこと気にしないで下さい。
友達なんていなくても、人生なんとかなります。

それに、
学生時代、一人も友達と呼べる人がいなかった、
ちょっとした挨拶さえも苦痛で会話が全くできなくて、
周囲からドン引きされるぐらいのコミュニケーション障害を抱えていた私でも、
今では、自分基準の「友達」を作ることはできました。

学生時代の私には想像もできなかったことです。

こんな私でも、自分基準のあっさりとした関係の友達なら作ることができたわけですから、
定型発達の方がいう「友達」を目指さず、自分なりの「友達」という関係を築くということを目指せば、
きっとどんな発達障害者の方でも、そのうち年齢を重ねれば、自分なりの「友達」を作ることができると私は思います。

アスペルガー症候群・高機能自閉症の人のハローワーク

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